消費か、利用か

 ぼくたちはこれまで、電気などのエネルギーを得るために、石炭、石油、ガスなどの化石燃料とウランを使ってきた。これらの資源は有限だ。有限とは、使っていけばいずれなくなってしまうということ。有限資源を使うというのは、「消費」するということだ。

 ここで問題になるのは、有限資源は誰のもので、それを現代人だけで消費してしまっていいかということだ。有限資源を使い尽してしまってもいいといえば、現代人の勝手な論理でしかない。有限なものは、どの世代にも残るように、使っていかなければならないのではないのか。そうしないと、世代間の公平さは生まれない。

 資源はたくさんあるのだから、心配ないというかもしれない。

 石油の産出量が最大となって、それ以降石油の算出量が減少するのを石油ピークという。これまで、その時期が近いうちに訪れるといわれてきました。でも、いつまで経ってもピークがこないないではないかという人もいるかもしれない。また、シェールガスがあるから、まだ当分大丈夫だという人もいるかもしない。

 それに対し、NGOエネルギー・ウォッチはシェールガスの埋蔵量は予想されているよりもはるかに少ないとしている。

 有限資源のピークがいつになろうが、有限なものは有限である。それをを忘れてはならない。現代人は自分勝手に有限資源を使い尽くすのではなく、後世の世代も現代人と同じレベルで生活ができるように、有限資源を持続的に使っていく方法を考えなければないらない。

 さらに、無限にある資源を使うことも考えなければならない。エネルギー源が無限にあれば、消費することにはならない。無限にあるものを「利用」しているにすぎなくなる。

 それによってはじめて、社会と経済の持続性が保証される。

 でもこれまで、ぼくたちはそれをしてこなかった。それが問題だ。

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