市民電力会社がスタート

 ミヒァエルさんらは、電気技術者を雇うなど配電網の買取りに向け、着々と準備を進めていた。 1997年7月1日に、配電網を引き取る予定だった。しかし、シェーナウのあるバーデン・ヴュルテンベルク州の経済省が配電網の買取りを防ぐため、電力会社としての許認可を出し渋っているという情報も入った。

 5月1日、市民電力会社「EWSシェーナウ社」は新しい社屋に入居した。それまでの事務所が、手狭になったからだ。6月中旬、シェーナウの配電網が配電会社の配電網から分離され、その接続点に測定器が設置された。配電網をいつでも引き取れる状態になった。

 しかし、電力会社としての許認可がまだ下りない。州の経済省が、資本が十分あるのかどうかの証明がないとか、電気技術者が少ないなど、いろいろ不備を指摘してきた。挙げ句の果てには、許認可申請書が素人っぽいとまで難癖をつけてきた。

 6月25日の朝、医師のミヒァエルさんは診療室にいた。7月1日までもう一週間しかない。しかし、許認可はまだでていない。ミヒァエルさんは落ち着かなかった。すると患者の一人が、いきなりミヒァエルさんに「おめでとう」とお祝いをいった。許認可が出たことを、ラジオのニュースで聞いたのだという。ミヒァエルさんは信じられなかった。自分のところには、まだ何も連絡がなかった。午後になってようやく、正式に許認可が出たとの知らせがきた。これですべての準備が整った。

 1997年7月1日、568万3458マルク(3億4000万円相当)が配電会社の口座に振り込まれた。裁判で売買額が確定したら、差額を返還しなければならないという条件付きだった。

 12時、配電網が配電会社からEWSシェーナウに移管された。市民電力会社がスタートした。寄付したチョコレート会社にいわせると、「うっかり間違って」できてしまったのだという。

 市民電力会社「EWSシェーナウ社」の誕生に尽力したウルズラさんとミヒァエルさん。二人の二男がセバスチャンさんだ。セバスチャンさんは今、ウルズラさんの後を継いでEWSシェーナウの電力販売会社の社長となっている。

 両親が他の市民と一緒に活動をはじめた時、セバスチャンさんはまだ9歳だった。両親がまったく知らない大人と、夜遅くまで自宅の居間で話し合っている。かまってくれない両親に、不満を抱いたこともある。

 そのセバスチャンさんも今は、イタリア人の女性と結婚して一児の父親だ。今から思うと、母と父は自分たちこどもの将来のために戦ってくれていたのだ。セバスチャンさんはそういう両親のことを、たいへん誇りに思っている。

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