ことばに隠れた差別

 ドイツでは10年以上も前の2006年8月に、一般平等法という法律が施行しました。それによって、性別、年齢、障害、宗教、人種、民族、性的指向、世界観によって人を差別してはならないことが法的に規定されました。ドイツの憲法に相当する基本法第3条(その一部条文が、さよなら減思力の「右翼系出版社の台頭」にあり)には、同じことが書かれています。でもこれは、EUの規定にしたがって国内で立法化されたものでした。

 でもドイツ経済界が、それに大反対しました。

 法律にしたがうと、たとえば性別や年齢制限を指定すると差別になります。「30歳以下の女性社員募集」という求人広告は、もうできません。求人者の中から採用者を決定した記録も、残しておかなければならなくなりました。

 一般平等法は、雇用の問題のように経済界に対してだけ適用されるのではありません。一般社会においても適用されます。たとえば部屋を貸す場合に、同性愛者だからとか、イスラム教徒だから貸さないと差別してはなりません。

 問題になるのは、判断した結果に差別があったのか、なかったのかです。それは、どう判断できるのでしょうか。この点がとても曖昧です。

 法律の施行直後は、その曖昧さによってたくさん訴訟が起こるのではないかと心配されていました。でもこれまでのところ、混乱しているとは報告されていません。

 ドイツ語の名詞には、性別があります。女性名詞と男性名詞です。通常、総称には単数で男性名詞が使われます。それはおかしいと、訴えたの女性がいました。

 女性は80歳で、長い間男女平等のために活動してきました。パスポートに、パスポート所有者として男性名詞が使われているので、パスポートを保持するのを拒否してきました。ドイツでは、低気圧、高気圧にファーストネームをつけて呼ぶようになりました。でも、低気圧に女性のファーストネームばかり使われるのはおかしいと、高気圧にも女性のファーストネームをつけるよう署名運動をしたこともあります。

 女性は銀行からの手紙に、顧客(Der Kunde)、口座所有者(Der Kontoinhaber)と男性名詞で書かれてくるが、自分は女性なのだからおかしい、憲法違反だと訴訟を起こしました。その最高裁の判決が、今年3月にいい渡されました。

 総称に関しては、長い間の慣用として男性名詞が使われているのは問題ない、それを女性だからとわざわざ女性名詞に変える必要はないとしました。

 この問題を避けるため、最近では女性名詞と男性名詞を一緒にする書式もでてきました。たとえば男子生徒(Schüler)と女子生徒(Schülerin)を合わせてSchüler*inと書きます。以前は、SchülerInという書き方もありましたが、最近はこの星マークをつけるのが増えています。

 日本語には、名詞に性別がありません。でも、そういう日本語にも差別していることばがあります。たとえば夫婦の場合、男性に対しては「主人」、「旦那」、「亭主」を使い、女性に対しては「夫人」、「奥さん」、「家内」、「嫁」などが使われます。これは、家中心、男性中心の主従関係を表していないでしょうか。「嫁」などは、外から家に入った、女は家にいるものという意味です。

 それから「夫」は、男性名詞です。それに対するのは「妻」ですが、「妻」はもともと「端」に由来します。そうなると、これも危ないですね。「主婦」か「主夫」と男女が区別されていても、どういう意味なのかの位置付けになると曖昧です。

 職業になると、「看護婦」か「看護夫」があってもいいはずです。それを区別しないため、「看護師」ということばができました。

 ことばに隠れた差別の問題は、慣用だからいいとしていいのでしょうか。

 特に日本語には、男性中心社会のなごりがあるのは間違いありません。リベラル化されてきた現代社会において、慣用なのだからと片付けずに、どうすれば差別のないことばになるのか、センシビリティが必要です。そして、その差別をなくしていくのは、現代人に課せられた責任だと思います。

(2018年7月27日、まさお)

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