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2005年12月15日掲載 - 科学
最先端技術vs.簡単技術
(2005年12月15日)

ドイツの自動車メーカ・アウディ社は独バイロイト大学などと共同で、エンジンシリンダー内部を加工する新しい工法を開発した。これは、エンジンオイルと燃料の消費を大幅に減少させるのを目的に、UV(紫外線)レーザをシリンダー表面に照射するものだ。


UV(紫外線)レーザがエンジンのシリンダー表面に照射されると、シリンダー表面にマイクロ流体動力学構造が形成され、シリンダー表面が1 - 2マイクロメートル溶解する(1メートルを1000分の1にしたのが1ミリメートルで、それをさらに1000分の1にしたのが1マイクロメートル)。この時さらに、金属蒸気プラズマが発生し、空気中の窒素が反応性の高い原子窒素に変換される。ここで窒素の一部は、発生した金属蒸気プラズマエネルギーの効力で薄い溶解膜に貯えられ、それによって窒素を貯えた溶解膜はナノ結晶組織構造を呈するようになるという。


この新しい技術の核心は、ナノ結晶組織構造だ。ナノとは、もともとラテン語で「小人」という意味だが、ここではナノメートルのこと。ナノメートルは、10億分の1メートルという極微細な単位だ(1マイクロメートルを1000分の1にすると、1ナノメートルになる)。10億分の1メートルといわれても、たいへん小さいことはわかっても、その小ささはまったく想像もつかない。大阪大学の川合知二教授著「ナノテルノロジー、極微科学とは何か」(PHP新書)によると、1メートルに対する1ナノメートルの大きさは、地球とピンポン球ぐらいの違いがあるのだそうだ。


そういわれても、想像の域をはるかに超えていて、気が遠くなるような気分だ。この気が遠くなるほど小さいナノメートルレベルの超微細材料に新しい機能を発言させようとうのが、現在最も注目されている最先端技術ナノテクノロジーだ。ただナノテクノロジーの場合、ナノテクノロジーだけで何とかなるわけではなく、IT技術やバイオテクノロジー、環境技術などに応用されてはじめてその効力を発揮する。


ナノテクノロジーのことはこの程度にして、新しい工法で加工されたエンジンシリンダーのことに話を戻そう。


このエンジンが動き出すと、ナノ結晶組織構造は燃焼熱と摩擦熱によって弾力性の強い性状を示すようになる。それによって、シリンダー表面の耐磨耗性はより強くなる。磨耗度は、シリンダーで通常のものより23から89%、ピストンリングで30から88%軽減されるという。それに伴い、エンジンオイルの消費は、従来の工法によるシリンダーでは走行800時間で20-50g/hであるのに対し、この新工法によるシリンダーでは走行820時間で9g/hに削減された。


つまり、UV(紫外線)レーザをシリンダー表面に照射する加工法によって、エンジンオイルの消費量がだいたい50から80%以上削減されるということだ。なるほど、さすがに最先端技術!その効果は大きい。


ただちょっと素人目で考えると、何かピンとこない。エンジンオイルの消費量が減ったところで、オイル交換は必要なのではないか。そうすると、エンジンオイル消費量の減少によって、どういう効果が生まれるのだろうか?オイル交換はだいたい走行距離2万キロメートル毎に行うものだが、新しい加工法によっってオイル交換する走行距離間隔でも伸びるのであろうか?


エンジンオイルについて少し調べたところ、エンジンオイルはベースオイルと添加剤で構成されるという。ベースオイルの劣化はあるものの、ベースオイルは寿命が長く、品質は長期的に維持される。エンジンオイルが劣化するのは、基本的には添加剤の劣化によるもので、それでオイル交換が必要になる。特に添加剤では、ポリマーのせん断で粘度が低下するという。


ユニフィルターセット
ユニフィルターセット
(出所:ACE-online)

偶然だったが、ドイツの中小企業が開発した『ユニフィルター』というのに出くわした。ユニフィルターは紙をフィルター材にして、エンジンオイルに含まれるより微細な粒子をろ過するもので、エンジンオイル系統にバイパスを設けて、補助フィルターとして機能する。つまり、通常装備されているオイルフィルターではろ過できないより微細な粒子をろ過することを目的としている。


ユニフィルターを装着すると、走行距離3万キロメートル毎に紙フィルター部分を交換する。同時に、附属の添加剤ミックス液を補充してやればいい。劣化しやすい添加剤だけを加えてやるということだ。エンジンオイルの構成と性状を考えると、理にかなっている。


それだけで、オイル交換なしに15万キロメートルも走った車があるほか、ユニフィルターを装着して走行する高速スポーツ車フェラーリもあるという。


ドイツの欧州カークラブ(ACE)が2003年10月から2005年2月までにVWパサートで実施したユニフィルターの機能テストによると、エンジンオイルは9万キロメートル走行後も、オイル交換を一度も行っていないにもかかわらず、ほぼ新品に近い品質を保っていたという。


ユニフィルターの問題は、自動車メーカーがフィルター機能を認めていないことだ。そのため、個人でユニフィルターを装備するしかない。その場合、自動車メーカー側がエンジンに対して保証しなくなると思っていい。


オイル交換が不要になれば、廃油処理は廃車時だけで済む。エンジンオイルの全体消費量も格段に減るはずだ。しかし自動車メーカーは、ナノテクノロジーを駆使した最先端技術であればすぐに使いたがるが、紙という何でもないものを使った単純フィルターは使おうとしない。その機能さえ、認めようとしない。


ユニフィルターは80年代後半からあるもので、決して新しい技術ではない。当時、ドイツ環境省の下級機関で、環境政策を立案したり、環境技術開発を促進している環境庁は、ユニフィルターを全車に装備させることを検討していたという。しかし、自動車業界と石油業界から反対が出たことから、ドイツ政府側は現在、ユニフィルター装備に一切関心を示していない。


自動車業界や石油業界がユニフィルターに反対するのは、オイル交換が不要になることで、オイル交換によって得られる利益(オイルフィルターの交換を含む)が失われるのと、エンジンオイルの消費が大幅に減るからだ。結局、最先端技術でエンジンオイルの消費量を減少させようが、本気でエンジンオイルの消費を削減する気持ちはないということだ。


最先端技術で開発されたエンジンであれば、エンジンの価値は上がり、それだけ高く売れる。それに対し、ユニフィルターは150ユーロ(約2万円相当)前後の安価製品。それでは、自動車メーカー側に大きな利益は生まれない。


こうした経済論理の下では、どんなに優れた機能を有していても、簡単技術で、安価なユニフィルターに勝ち目はない。政治的なバックアップがない限り、ユニフィルターが普及することはまず考えられない。


ユニフィルターの事例を見ると、高度な最先端技術を利用しなくても、簡単な技術で解決できた問題がまだまだたくさんあるのではないかと考えさせられる。しかし現在、工業国は高度技術化し、簡単技術の機能性を信じにくい社会となっている。だからといって、高度技術の効用を否定はしない。最先端技術であろうが、簡単技術であろうが、技術自体に問題があるからではないからだ。技術を使うのは人間だ。だから、技術をどう使うか、使わないかは人間の問題。技術を生かすも、殺すも、それを利用する人間の責任であることを肝に銘じておきたい。


なお、アウディ社などが共同開発したUV(紫外線)レーザによるエンジンシリンダー表面照射加工法は、2004年のドイツ大統領将来賞の最終候補にまで残ったことを記しておこう。(fm)



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