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2005年11月13日掲載 - 社会/生活
エレベーターは長方形だった
(2004年12月28日)

養老孟司さんは近著「死の壁」(新潮新書)の序章で、氏がまだ東大の解剖学教室にいらした時の、献体遺体を高層団地に引き取りにいった体験について記している。団地は自殺の名所として知られるところで、亡くなった方は団地の十二階に住んでいた。棺をエレベーターに載せようとしたが、横にしたままでは入らない。仕方がないので、「生きているとき同様に、立ってエレベーターに乗っていただくことにしました」という。それで氏は、「ここは人が死ぬことを考慮していない建物だ」と感じる。


養老さんはその後、その団地の設計者と話す機会を偶然に得るのだが、設計者は若い夫婦が住むという前提で設計したので、死が想定されていなかったと理解する。それで氏は、こう結論する。


これはまさに都市化の象徴ではないでしょうか。ここでいう都市とは自然の対義語として使っています。人間が死ぬということは自然の摂理です。

都市はそういう自然を排除していくことで作り上げられました。人間の脳が考えたものが形となって現れたのが都市です。

そこでわざわざ飛び降り自殺をする人が絶えないというのは、一種の復讐のような行為と解釈することが出来ないでしょうか。「一体、なんておかしなものを作ってくれたんだ」ということなのです


そして、「死の壁」という本では、「死にまつわる問題をさまざまな形で取り上げ」たいとする。というのは、「現代人は往々にして死の問題を考えないようにしがち」だが、死は「生きていくうえでは決して避けられない問題」だからだ。


養老さんの都市論に、異論はない。その通りだと思う。しかし、ここベルリンで生活する限り、自然の対義語としての都市には、少し違った形で対応しているように感じられる。


まず、エレベーターの話をしよう。ここベルリンでは、集合住宅に設置されているエレベーターのかごは正方形であることが多い。しかし内部をよく観察すると、奥の壁に鍵穴があることがある。エレベーターの積載重量と許容人数からすると、正方形の空間しか利用できないはずなのだが、奥の壁に鍵穴があるということは、その奥にまだ空間があるということか。実際、その奥にも空洞の空間がある。鍵穴のある壁は、エレベーターのかごを前後に仕切っているにすぎない。この仕切りを開けると、エレベーターのかごは長方形となる。


もちろん、すべてのエレベーターがこうだということではない。でも、戦前に設置されたと見られる古いエレベーターにもこうした鍵穴が付いているものがあった。


すでに気が付いた方があるかもしれない。この鍵穴付きの仕切り壁は、主に棺を運ぶ時に開けられる。つまりエレベーターは、集合住宅で死者が出る場合を想定して設計されている。ただ、仕切り壁を入れることで、死を身近に感じさせないように配慮されているのだ。引っ越しなどの場合、管理人に頼めば、この仕切り壁を開けてもらうこともできるのだが、普段は開かずの扉だ。


最近の新しい集合住宅(特に、バリアフリー住宅など)では、この仕切りを入れずに、あからさまにエレベーターのかごを長方形型にしているところもある。これは棺のためかなと思ったりするが、一般的にはそこまで気付くことはないのではないか。バリアフリー住宅が高齢者向けだけだとは限らないし、はじめから長方形であれば、死のためのものだとは感じられない。


次は、自殺の話だ。日本では、自殺に関するニュースは日常茶飯事だ。電車が人身事故で不通と聞けば、また飛び込み自殺かと思う。しかしベルリンでは、自殺のニュースに遭遇することはほとんどない。では、ベルリンでは自殺はないのか。いや、知人の知人の消防隊員によると、年末になると自殺はかなり多いという。


実は、自殺に関するニュースは報道機関によって自主的に自粛されている。著名人の自殺や特別な事件であれば別だが、一般的に自殺のニュースは報道されない。記憶違いでなければ、ヴィーンやミュンヒェンなどの大都市では、自治体が自殺ニュースを規制するための条例や自粛を依頼するための通達が出されている。これは、宗教的な背景もあるだろうが、自殺ニュースによって自殺の方法を真似たり、連鎖反応が出るのを防止するためだという。


今挙げたエレベーターと自殺の話に共通しているのは、ここベルリンでは、都市には死がつきものであることが想定されているのだが、都市に生活する人間から死を意図的に排除しているということだ。これは、都市から死という自然の摂理を意図的に排除することによって、自然の摂理を管理すると同時に、人間の脳の創造物である都市が勝手に暴走しないようにコントロールしているということではないだろうか。人間の脳がやたらに暴走しがちであることを知っているからだ。人間の知が作用しているのだ。しかし都市が巨大化すればするほど、人間の知は行き先を見失って作用しなくなり、都市は野放しとなるのも事実だが。(fm)



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